エッセイ · 2026年8月16日 0

背中の温もり — 小学時代の忘れられない思い出

今日、ある同級生のことを急に思い出した。

彼女の名前は任毅。小柄で、笑顔が明るく、クラスメイトの中でもひときわ目立った女の子だった。

あの頃の私が彼女に惹かれたのは、笑顔のせいだったと思う。可愛らしくて、でも派手ではなく、クラスメイトの前でも少し控えめに笑う、そんな笑顔だった。美人なのに勉強もそこそこできる、バランスが取れた子だった。

小学二年の時から、なぜかずっと気になっていた。彼女のことを意識するあまり、同席した時のことなど一つ一つ、今でもはっきり覚えている。

当時の学校では、二人がけの長い机と椅子を使っていた。あの頃、席が隣同士になることがあまり多くはなかったけれど、一度だけ、彼女と背もたれを合わせて座ったことがある。

ほんの短い時間だった。彼女の後ろにもたれて座ると、不思議と安心した。学校の時間そのものが早く感じられるほど、その瞬間は特別だった。

二人きりの秘密の時間だった。先生が来て、私たちは普通の座り方に戻った。

それきり、彼女と同じ席になることは多くなかった。小学六年間で、同席できたのはほんの数えるほどだった。卒業後は連絡も途絶え、社会は別々の道へ進んでいった。

それから十数年の時が流れた。

私が研究生になった頃、QQで彼女と再会した。久しぶりにビデオ通話もした。彼女は結婚しておらず、私はまだ学生だった。当時の私たちは、また友達のような距離感で言葉を交わした。

その後、上海で仕事を始めた頃、彼女は长春のGucciで働いていた。昆明への出張ついでに上海にも来る機会があったそうだ。食事に誘えばよかったと、今でも後悔していることがある。

彼女は当時、私のことを気にかけてくれていたのか、私の知り合いとして彼女の同僚を紹介してくれたこともあった。しかし、私は結局、その提案を受けなかった。

それから十数年、彼女は結婚し、男の子をもうけた。微信の時代になり、クラスのグループチャットもできた。彼女はそこでアクティブに発言していた。

しかし、やがて彼女もグループを離れた。連絡はまた途絶えた。

人生には、「もし」がつきものだ。

もし彼女が大学生だったら、研究室の時代に、もう少しだけ踏み込んでいたら、何かが変わったのかもしれない。

でも、人生に「もし」はない。

彼女は彼女らしい人生を選び、私は私の道を進んだ。それだけのことだ。

それでも、今でも時々思い出す同級生がいる。

背中の温もりも、笑顔も、すべてがあの頃の記憶として、私の中に残っている。

それは初恋と呼べるほどのものではないかもしれない。

でも、あの頃の私に与えた影響は、今でも静かに息づいている。